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今年も一年ありがとうございました!

2010.12.30.01:03

無事に今年も終わろうとしています。
今年はいろんなことにチャレンジした一年でした。
自給会員さんの募集、つくばで野菜販売、からだ・こころ・農自由塾の開催、子供が参加できる畑体験の企画
収穫祭ではオカリナコンサートなどなど、、

大変だったことも、今思い返せばすべてがよい思い出になります。

なんだか自分の方向性なんかが見え隠れする一年でありました。
私はここで何をしたいのか、、、

日本の原住民族精神を再創造し、それを農的暮らしを通して表現したい、、、のでした。

なんだかそれがみんなの幸せというものにつながっているような気がします。
何より楽しい!!

先日もちつき会をしました。みんなで25升の餅を臼と杵でつけたのです。
途中からは生演奏の音楽が加わり、南米のフォルクローレが冬の里山に響き、それにあわせて餅をつきました。
わたしたちは朝8時ごろから始めているので、いい加減疲れているはずなのに、音楽にあわせたら楽しくて、踊っているようにつけました。周りからの一斉の掛け声も元気がでました。一つのことをみんなで仕上げようとしている、何か一体感を感じました。ひとりひとりができることを少しづつ、、で
結局25升の餅をつけた、、ということに感動しました。参加されたみなさん、お疲れ様でした!ありがとうございました!

音楽にあわせて餅をついているときに、
私が「あ~こんなふうだったらいいのにな~」と思っていた世界が、もう今ここに実現しているということに驚きました。日本的原住民族的暮らしの再創造。

なんだかうれしい暮れでした。


今年一年みなさんにはたいへんお世話になりました。
みなさんもどうぞ一緒に、この創造的暮らしに、創造的に関わってくださいね^^
また来年もどうぞよろしくお願いします!
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畑とつながる安心感

2010.04.07.22:41

以前に書いた文章を久しぶりに読んでみました。初心忘するべからず、、今はもうなかなか味わえない一人での畑の時間。これからはこんな体験はきっと得難いだろうなあと思います。


一年が過ぎて、一番深く思うことは畑と繋がっていることで自分がいかに安心感を得ているか、ということです。何はなくとも汗を流して働けば、食べ物だけは手に入る、という安心感。この安心感はきっと宝くじが三億円あたっても、得られないだろうなあと思います。
印象深い出来事は、ある日、畑のある部分に肥料をまいてしまったので、黒雲がたちこめ、向こうには稲光が見える、というなかでどうしても耕運機をかけないといけない時がありました。雷、畑、耕運機 ときたら雷が落ちるシチュエーションがそろいすぎです。もうどきどきしながら耕運機を押しました。頬に冷たい風がぴゅーッと吹き付けます。もう気持ち的にも限界!というときに、やっと耕し終わりました。急いで耕運機にビニールをかけ、全力疾走して軽トラに乗りこみ、ドアをバタンっと閉めました。そのとたんバケツをひっくり返したような雨がザーザー降ってきたのです。このときばかりは驚きました。天がみていてくれるのかな?と思わざるをえない出来事でした。しかし畑と格闘していると、ときどきこんなことに出くわすのです。でも逆に天気に阻まれることもあります。きっと五分五分なんでしょうが、良かったことのほうが印象に残るものです。人間の脳はおめでたいものですね。しかし天に味方されているかもしれない、という安心感は格別です。自分の命を全肯定できるのですから。「ああ、こうして生きていけばいいんですね!」と思わず空を見上げてつぶやいてしまいます。こんなふうに自然と人間はいつも対話しているんですね。それが感じることができるだけでも、この生活をしている甲斐があるというものです。
今年はいったいどんな年になるでしょうか。気持ちをまっすぐにして土と正面から向き合えば、どちらにしてもそんなに悪くない一年を過ごすことができるのはないでしょうか。いやそのことだけに集中することが大事だと思います。悔いのない一年にしたいものです。

百姓3年目に突入

2008.12.10.17:44

一人で畑を耕し、農園を始めてから3度目のそらまめをまいたのは10月末。もうそらまめは本葉を出して、その大きさで厳しい冬を越す準備を始めている。あまり小さすぎても、大きすぎても寒さにやられてしまう。豆の種まきの適期は1週間と短く、特にまく時期を選ぶとも言われ、1週間ずれてもだめな場合がある。寒さに向かうこの季節ならなおさらのこと、生死に関わる1週間なのだ。

この2年間を振り返ってみると、よくも一人でやり通すことができたなあと自分で自分を誉めてあげたい気もするが、自然の摂理のなかでただただ生かされただけと深く実感した2年でもあった。
八郷は特殊なのか私の畑からは昔の土器のかけらが多数でてくる。初めは瓦の割れたものと思っていたのだが、よくよく見ると教科書でみたことのある模様がついている。それが縄文のものかは定かではないが、決定的なのは八郷の公民館の縄文時代の器などを展示してあるショーケースの中にあるものと同じものが私の畑からも出てきたことだ。だからかけらも縄文のものと思うことにしている。
畑で鍬を振っていると30数年前、またはもっと前のお百姓さんと同じ場所で同じことをしている自分というのが見えて、時空を飛ぶ感覚を非常にうれしく思ったものだが、縄文の3000年前までとなるとスケールが違う。今こうして畑をやっていても自然と交信していると感じることがたまにあるが、縄文のころは人と自然とはもっと激しく親密な交信を交わしていただろうと思う。こうして一方的に自然の恵みを与えてくれる自然に人は深々と頭を下げ、恐れ、敬い、願い、感謝して生きていたのだと思う。
私には「神様」というものがものごころつくころから教育されていたので、今おてんとさまに頭を下げても「ああ、神様!」になってしまうのだが、つい最近、それは順序が違っていたのだと気がついた。宗教があるから信じ、願うのではなく、自然が神より先にあり、それを「かみ」という名前をつけないと言い表わせなかったから人はその言葉を作ったのではないか。今の社会のように邪念で満ちていると、人と自然との回路は閉ざされているが、なんとこのような百姓暮らしをしていると、たまにパカッ、パカッとその回路は開くのであった。それはまさに縄文体験だ。
こうして縄文の心に思いを馳せながら自然をみているとまた違った風景が見えてくる。彼らと同じ目線で、日没後のサーモンピンクに光りだす筑波山を眺め、満月のあかりで道を歩く。日本の神々は本当に人に優しく、近しい存在だ。敬うことで彼らも恵みを約束してくれるのだ。私は今この現代に生きながら、同時に非常に神話的な世界でも生きているようだ。この心優しい神々に見守られながら、ここで百姓3年目に突入。「安心して耕せ」と風の神が耳元でささやく。
プロフィール

縄文ふたば

Author:縄文ふたば
茨城県石岡市(旧八郷町)で百姓暮らしをしています。日々畑と会話し、いろんなことを教えてもらっています。

 1968年に愛知県に生まれる。約10年、障害をもっている人ももっていない人も共に地域で生活し、働くということで活動している市民団体「わっぱの会」(名古屋)で生活支援の仕事をする。2005年スワラジ学園で半年、あとの半年は鹿苑農場で研修生として、1年間百姓暮らしを学ぶ。2006年10月から石岡市(旧八郷町)に住み、百姓暮らしを始める。

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