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さくら

2009.10.25.23:27

私の師匠、筧さんが長年続けてきた谷津田には一本の見事な桜の老木が立っている。筧さんがはじめてそこを訪ずれた30年前の4月、その桜はきれいに咲いていて、こんな美しいところで田んぼをやりたいということで借りて米を作りはじめたのだと聞いた。その場所からは遠く難台山が見渡せ、八郷が南北にまっすぐ見通せる。いつもそばには鳥の鳴き声、小川のせせらぎが聞こえ、本当に気持ちのよい風が吹いている。一枚一枚の田は小さく、形もばらばらで、何枚にも重なって段々と下へつながっている。小さな田から下のまた小さな田へ、水は滔々と流れ続ける。そこにいるだけで、体中の細胞がゆるんできて、気持よくなり、ずっとここにいたくなる、そんな場所である。よく筧さんは「働く環境は大切だ」と言う。たしかに同じ米を作るのでも、道路のすぐ脇で、だだっぴろく、真四角の田んぼは手仕事ではただ苦痛なだけだ。でもこの谷津田では一枚一枚は小さく、形も様々でしかもそれぞれに個性も強いので、ある部分たいへんかもしれないけれども、さきほどの環境という意味では最高である。今日は腰を痛めたTさんの稲刈りの応援ということで、本当に久しぶりにその谷津田で時間を過ごした。今は筧さんは一部しかやらず、あとは若い人々が少しづつ分担して米を作っている。みんな天日干しでおだがけしている。下のほうから眺めるとそれもとても風情があってすばらしい。谷津田でこんなに人の出入りがあるのは今どきないだろうと思う。筧さんたちがこの30年、この田をつくっていなければ、とっくのとうにこのすばらしい風景もセイタカアワダチソウと葛に覆われた荒地と化していただろうと思うと、この桜の老木も違って見えてくる。
 本で読んだことがあるが、「さくら」の「さ」というのは「田の神様」のこと、「くら」とは「よりしろ」という意味があるという。なので「さくら」とは「田んぼの神様が降りてくる目印」ということになる。なるほど、田んぼに桜が植えてあるとはやはり、豊穣を祈ってのことなのだ。いったい誰がいつそこに植えたのだろうか。想像が膨らむ。桜の寿命は60年ときいたことがあるが、60年前、半田に住むなにがしが植え、いったい何人の人々がその桜の花を楽しみ、夏の暑さをそこでしのいだか。若い男女の逢瀬の場所であったかもしれない。戦争のときに出征する前の男が別れを言いにきて、無事帰ると密かに誓ったかもしれない。根元には石が祀られているが、荒れ果てて、そこへ何か花でも手向ける人はもう数十年いないような気配がある。大きな四角の石が倒れたままになっていた。
さくらも藤蔓や葛に巻きつかれて、息絶え絶えである。
 Tさんの稲刈りが終わったあと、ふと桜にみんなが興味をもった。石が倒れていることを伝えると、誰かが「これを起こそう」と言った。5人の男が力を合わせてなんと石は立ち上がり、桜の根元によりかかったのである。もうあたりは薄暗く、泥まみれで字ははっきりとはしなかったが「虚空蔵尊」とあった。田んぼの泥につっぷして息絶え絶えであった石もようやくもとの場所に戻り、再びあたりの風景を眺めることができるようになったのである。なにはともあれ、桜が喜んでいるような気がした。今度の春にはまたこの桜を見に来よう。来年もたくさんお米がとれますように、年老いてもまだまだこの桜には活躍してもらわなければ、、。

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プロフィール

縄文ふたば

Author:縄文ふたば
茨城県石岡市(旧八郷町)で百姓暮らしをしています。日々畑と会話し、いろんなことを教えてもらっています。

 1968年に愛知県に生まれる。約10年、障害をもっている人ももっていない人も共に地域で生活し、働くということで活動している市民団体「わっぱの会」(名古屋)で生活支援の仕事をする。2005年スワラジ学園で半年、あとの半年は鹿苑農場で研修生として、1年間百姓暮らしを学ぶ。2006年10月から石岡市(旧八郷町)に住み、百姓暮らしを始める。

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