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だれもがフクシマ人

2011.05.09.23:19

 震災後、原発がどこまで行くかわからないなかで、一時避難ととりあえず心身の過労をとるためにここを離れました。
どうせ離れるなら、行きたいところへ行こうということになり、結局四国愛媛西条市で自然農を営んでいるまんがら農園さんにお世話になることにしました。行ってみるとこれまた四国の懐の広さよ!「はなたれ文庫」という24時間誰でも利用でき、そこにある何千冊という本は誰のものでもない、、という宇宙的な視野の私設図書館に数泊させていただくことになりました。まんがら農園の野満さんご家族、はなたれ文庫の武田さんご家族、松山市のきっこおばさん、はるかさん、ビンちゃん、宇和島の北川さん、北条の300年分のご先祖様、ほか今回の旅では本当にたくさんの方にお世話になりました。みなさん、ほんとうにありがとうございました。とにかく毎日毎日おいしいおいしい伊予柑を食べさせていただいて、愛媛の人は幸せだな~と心から思った次第です。海も山も近くにあるし、すべての自然がおだやかでありました。しかし、ここにも原発がありました。伊方原発。この原発も断層の上にたち、プルサーマルで猛毒のウランとプルトニウムが入っているそうです。南海地震のこともあり、ここはここで緊迫した空気がありました。ということでどこにどうやっても今の状況ではこの放射能から逃れることができないわけです。作家の森まゆみさんが東京新聞で書いていましたが、「だれもがフクシマ人」として生きることが今の日本では前向きな考え方なのではないかと思います。

福島の人たちと同じものを背負った「フクシマ人」。(これはロシアのあるジャーナリストがチェルノブイリ事故の後に生まれた人を「チェルノブイリ人」と言ったことからきている。)
世界はつながっているのだから、隠れる場所などない。自分だけ逃げられる、安全な物を食べられると思うのは幻想です。わたしたちは「フクシマ人」として、止めきれなかった原発に、勇気と覚悟をもって向き合っていくしかありません。(東京新聞2011年5月1日)

なんだか非常に腑に落ちました。わたしたちの畑は普通に耕され(草がおおっていたので念のためそれは取り除きましたが)、種がまかれています。絹さやが採れはじめました。

「私の故郷、日本で生きていく」限りは、ここにある学びから目をそらせるようなことはしたくないなと思います。ただこれ以上ほかの原発に何かあったらもう日本は人の住める場所ではなくなります。
茨城県にも東海村原発があります。とりあえず止まる方向の浜岡原発、、、ほかの原発もどうやったら止めていけるのか、、、、何かできることを一歩づつ、でもあまり時間もなさそうなので、とにかく自分たちの近くにある原発を止めることに対して何か自分なりにアクションをしたいと思っています。



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プロフィール

縄文ふたば

Author:縄文ふたば
茨城県石岡市(旧八郷町)で百姓暮らしをしています。日々畑と会話し、いろんなことを教えてもらっています。

 1968年に愛知県に生まれる。約10年、障害をもっている人ももっていない人も共に地域で生活し、働くということで活動している市民団体「わっぱの会」(名古屋)で生活支援の仕事をする。2005年スワラジ学園で半年、あとの半年は鹿苑農場で研修生として、1年間百姓暮らしを学ぶ。2006年10月から石岡市(旧八郷町)に住み、百姓暮らしを始める。

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