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農村で女性が生きるということ

2010.01.10.22:06

Tさんからわたしたちは畑をお借りしていて、その場所の風習から言葉から何から何まで教えていただいている。その地域の方言を英語を覚えるように、Tさんのあとに続いて何回か繰り返すと、玉がはじけたように大笑いする。大笑いしているTさんの声を聞いて私はそれだけでうれしくなる。とにかく元気をもらうのだ。畑に一緒にいて草をとったりすることも多い。畑をしながらだといろんな話ができる。いつも思うのはTさんの言葉の重さだ。実体験に基づいて話しているので本当にひとつひとつの言葉が重い。特に人生について語るとき、どしんを音がするくらい重い。「有里さん、人生に負けたらだめだよ。」そんな言葉がすらりと口から出てくるのは本当に苦労して自分の人生を切り開いてきたからこそだと思う。
 Tさんの話を聞いていると、一昔前の暮らしが見える。都会の暮らしと違って制約の多い生活。家制度のなかで果たす嫁の役割、女性がどうやってこの農村で生きてきたかをみることができる。苦労しているのはTさんだけではない、この30年だってもっと前だって、女性は家を背負って重い足取りで一歩歩き、休んではまた一歩歩きして、生きてきたのだった。でも大笑いしながらの苦労話を聞いていると、以前にきいたことのある「自由について」の話を思い出す。昔の人はたとえば農民は一生農民で、武士に生まれれば一生武士というように生き方が決められていたが、その制約に多いなかでいかに自由を得るということができていたか、、というような話をきいたことがある。今は自由に生きてよいということでなんでも自分で選択しなければならない。制約がないからこそなのか、恵まれすぎているのか、逆に心は不自由なのかもしれない。本当に自由になるための翼は自分の心の中にだけあるのかもしれない。環境のせいや周りのせいにすることなく、本当の意味で自由を手に入れるために、私には長い修行が必要だ。Tさんのように「わたしはやりきった。」と胸を張って言えるように、日々を悔いなく過ごしたい。それにしても八郷の老人たちはスーパーマンだ。新しい畑で出会い始めた老人たち(とても老人とはいえない)は80歳を超えても毎日畑にたち、完全に自給自足の暮らしをしている。話を聞けば聞くほど「すごい!」と思う。80歳以上で入院しても、必ず復活して、元の生活に戻っていく。最後の1日まで生き切ろうという執念はいったいどこから来るのだろうか。何も考えずにそのように生きていっているとすれば、一体それはどんな気持ちなんだろうか?農閑期にぜひじっくりお話を聞いてみたいなあと思う。
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プロフィール

縄文ふたば

Author:縄文ふたば
茨城県石岡市(旧八郷町)で百姓暮らしをしています。日々畑と会話し、いろんなことを教えてもらっています。

 1968年に愛知県に生まれる。約10年、障害をもっている人ももっていない人も共に地域で生活し、働くということで活動している市民団体「わっぱの会」(名古屋)で生活支援の仕事をする。2005年スワラジ学園で半年、あとの半年は鹿苑農場で研修生として、1年間百姓暮らしを学ぶ。2006年10月から石岡市(旧八郷町)に住み、百姓暮らしを始める。

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